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10.06.02





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            【 祭る 】 儀式をととのえて神霊をなぐさめ、また、祈願する








小千谷市片貝町は花火と職人の町

江戸時代に天領だったこともあり、この地には花火を始め鍛冶・染めなどその他多くの職人がその保護を受け集まり、お互いに影響し合いながらその技術を高め合った
その中の「佐藤佐平冶家(現忍字亭)」は酒造などを営んでいた地主だった
全国に相次いで起こった大飢饉で、秋山郷(現津南町)は大きな被害を受け、天明3(1783)年の大飢饉、天保7(1836)年の大飢饉では秋山郷の多くの村が全滅し、他の村も滅亡の危機に陥った

この時救いの手を差し伸べたのが佐藤佐平治だった

佐藤家は以前から飢饉の度ごとに全力を挙げて被災者を救い、そのため一時は家業の酒造業が破産寸前になったほどだという



二十一世紀の日本の社会は、飢饉もなく飢え死にする人も少ない
しかし、自ら命を絶ってしまう人も多く、お金を手に入れるためなら人を殺してもかまわない、といった事件が次々に起きている

財産を投げ出して人々の命を救った佐藤佐平治の心を、私たちは今こそ社会に伝えなければならないのではないだろうか

                                       
佐藤家「忍字亭」は沢山の人々からの感謝の念が染み付いた場所
この場所を、音楽や人々の笑顔で祭る










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私が片貝町を始めて訪れたのは、今から数年前
まだ長岡に住んでいる頃の事だった
片貝出身の金子氏に、丁寧に町を案内して頂いたことを今でも鮮明に覚えている


花火の為に、どれだけの思いを込めているのか

伝統を守り、年と共に強まる思いと「片貝」というひとつの生き物


片貝町の方々と会話
独特な方言が、その場を和ませ安心感を私にくれる

彼等の笑顔と漲るエネルギーは、
震災を乗り越え、伝統を愛する彼等の「こころ」からかもしれない



私は、今回フライヤーdesignを担当した
片貝町を描き、祭る姿を一枚に納めた


19日当日は、昼間LivePaintを行い、夜にはPerformanceを行う


祭る人々から何を感じ表現することができるのか

忍字亭という特別な意味のある場所で
一体どんな空間が待っているのだろう








伝統を愛し、人と人とが繋がる片貝町へ

是非一度足を運んでは如何だろうか














               六月十九日 

               私は 祭る
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by naturative | 2010-06-02 09:26 | 尾頭: OZ,life
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