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2011年 07月 02日 ( 1 )
11.07.02



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            【 祭る 】 儀式をととのえて神霊をなぐさめ、また、祈願する








小千谷市片貝町は花火と職人の町

江戸時代に天領だったこともあり、この地には花火を始め鍛冶・染めなどその他多くの職人がその保護を受け集まり、お互いに影響し合いながらその技術を高め合った
その中の「佐藤佐平冶家(現忍字亭)」は酒造などを営んでいた地主だった
全国に相次いで起こった大飢饉で、秋山郷(現津南町)は大きな被害を受け、天明3(1783)年の大飢饉、天保7(1836)年の大飢饉では秋山郷の多くの村が全滅し、他の村も滅亡の危機に陥った

この時救いの手を差し伸べたのが佐藤佐平治だった

佐藤家は以前から飢饉の度ごとに全力を挙げて被災者を救い、そのため一時は家業の酒造業が破産寸前になったほどだという



二十一世紀の日本の社会は、飢饉もなく飢え死にする人も少ない
しかし、自ら命を絶ってしまう人も多く、お金を手に入れるためなら人を殺してもかまわない、といった事件が次々に起きている

財産を投げ出して人々の命を救った佐藤佐平治の心を、私たちは今こそ社会に伝えなければならないのではないだろうか

                                       
佐藤家「忍字亭」は沢山の人々からの感謝の念が染み付いた場所

この度の東日本大震災・長野県北部地震により被災された方々への
復興祈願の願いも込めて、みなさんと共にこの場所を音楽や人々の笑顔で祭る














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今年で二回目を迎える  【祭る】



去年  わたしはこの場所で 
いくつもの物語に出会った




花火のような一瞬に

永遠 というものを感じ


即興表現を通し 

花火と職人の伝統 そして祭りの血が流れる土になった





去年同様 今年もわたしは告知紙面の制作を担当した

表紙大首絵図 
『見立 佐藤佐平治翁』

そして 御祭大明神ラベル





30日当日 忍字亭でわたしは一枚の絵図に向き合う






越後片貝町佐藤佐平治翁邸の主との再会を果たすべく

わたしはこの場所に 帰り 還る









               七月三十日 

               私は 祭る




  
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by naturative | 2011-07-02 23:25 | 尾頭: OZ,life